そのクラス分け、生徒の「勝者スイッチ」をOFFにしていませんか?

学習塾を運営していると、どうしても「効率」を考えてしまいますよね。特に生徒数が増えてくると、学力別にクラスを編成するのは、一見すると非常に合理的な方法に思えます。私もかつては、その「効率」を信じて、定期テストの結果で生徒を振り分け、クラスごとに進度を変える、というやり方を当たり前のように考えていた時期がありました。

しかし、長年この業界に身を置いていると、その「効率」の裏に潜む、見過ごせない問題点に気づかされるのです。特に、一度「下位クラス」に固定されてしまった生徒たちの、静かな変化に。

「自分はここまで」―レッテルが生む、見えない壁

成績によってクラスが固定されると、何が起こるでしょうか? もちろん、上位クラスの生徒は刺激を受け、さらに上を目指すかもしれません。しかし、問題は下位クラスに配置された生徒たちです。彼らは、授業が始まる前から、無意識のうちに「自分はこのクラスのレベルなんだ」「頑張っても、あっちのクラスには行けないんだろうな」という自己評価を固めてしまうことがあります。

これは、単なる「気の持ちよう」の問題ではありません。この「自分はこの程度だ」という認識が、学びに向かう姿勢そのものに、大きな影響を与えてしまうのです。挑戦的な問題には手を出しにくくなり、質問する回数も減り、宿題も「最低限こなせばいい」という意識になりがちです。教室には、活気とは程遠い、どこか停滞した空気が流れてしまう。そんな光景を、皆さんもどこかで感じたことがあるのではないでしょうか。

脳科学が示す「敗者スイッチ」の存在

近年、脳科学の研究によって、この現象の背景にあるメカニズムが少しずつ解き明かされつつあります。理化学研究所などの研究では、社会的、あるいは競争的な序列が固定化された環境に置かれると、脳の中の「脚間核(IPN)」と呼ばれる部分が活性化し、「敗者スイッチ」とも呼ばれる神経回路が働くことが示唆されています。

このスイッチがONになると、動物は挑戦的な行動を避け、リスクの少ない、いわば「保身」的な行動を選ぶようになるというのです。これは、人間にも当てはまる可能性があると言われています。

つまり、学習塾における固定的な成績別クラス分けは、意図せずして生徒の脳内に「敗者スイッチ」を入れてしまう環境を作り出している可能性がある、ということです。下位クラスに固定されるという経験が繰り返されることで、「どうせ頑張っても無駄だ」という感覚が強まり、挑戦する意欲そのものが削がれていく。これは、本人のやる気の問題というよりも、環境によって引き起こされる、ある種の「学習性無力感」に近い状態と言えるかもしれません。

「効率」と引き換えに失うもの

「でも、学力別にクラスを分けないと、授業が進まないじゃないか」 そう思われる方もいらっしゃるでしょう。確かに、管理する側から見れば、成績別クラス編成は「楽」な面もあります。

しかし、その「管理のしやすさ」と引き換えに、私たちは何を失っているのでしょうか? それは、生徒一人ひとりが持つ「伸びしろ」への期待であり、「挑戦しよう」とする意欲の芽ではないでしょうか。教室全体の活気や、生徒が自ら学ぼうとするエネルギーを、知らず知らずのうちに抑制してしまっているとしたら、それは本当に「効率的」と言えるのでしょうか。

停滞した空気は、生徒の成績が伸び悩むだけでなく、保護者の不信感にも繋がり、最終的には退塾という形で現れることも少なくありません。これは、塾にとっても大きな損失です。

「固定」から「可変」へ ― 挑戦心を育む仕組みづくり

では、どうすれば良いのでしょうか? 一つの考え方として、クラス編成を「固定」するのではなく、「可変的」にするという方法があります。例えば、毎回の定期テストごとではなく、学期ごとなど、もう少し長いスパンでの到達度を見て、クラスのメンバーを柔軟に入れ替えるのです。

大切なのは、「一度決まったら終わり」ではなく、「頑張り次第で、次のステージに進める可能性がある」という希望を、常に生徒が持てるようにすることです。序列を意識させる期間を短くし、常に「前回からの成長」に目を向けさせる工夫が有効かもしれません。

また、成績の示し方にも工夫が必要です。単に順位や点数だけでなく、「前回と比べてどれだけ伸びたか」を可視化することが重要です。例えば、成績表に前回比を分かりやすいグラフで示したり、一定の伸び率を達成するごとに、何か目に見える形(例えば★マークなど)で達成感を示したりするのも良いかもしれません。「次は星を一つ増やそう!」といった、自分自身との競争を促すことができれば、生徒のモチベーション維持に繋がります。

最後に:私たちの役割は何か?

もちろん、クラス編成や評価の方法に、唯一絶対の正解はありません。それぞれの塾の状況や、対象とする生徒層によって、最適な方法は異なるでしょう。

しかし、私たちが常に問い続けなければならないのは、「今のやり方は、生徒の挑戦する心を育んでいるか? それとも、無意識のうちにその芽を摘んでしまってはいないか?」ということです。

管理のしやすさというメリットと、生徒の意欲を削いでしまうかもしれないというデメリット。この二つを天秤にかけ、私たちの教室が、生徒にとって本当に「成長できる場所」になっているのか、今一度、見直してみる価値はあるのではないでしょうか。

生徒の「挑戦するぞ!スイッチ」をONにし、教室全体に活気ある学びの循環を生み出すこと。それこそが、私たち教育に携わる者の、大切な役割なのだと、私は考えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました