先月、54歳の塾長が勤務初日の10代アルバイト女性をカラオケに誘い出し、
わいせつな行為に及んだとして逮捕されるという、耳を疑うような事件が報じられました。
「まさか教育という聖域で…」と大きな衝撃を受けられた方も少なくないでしょう。
しかし、これは決して他人事ではありません。
私が大手学習塾チェーンに在籍していた15年間を振り返っても、逮捕に至ったケースが2件、そして懲戒処分となったケースも1件ありました。
たった一件でも許されることではない──その上で、現実に複数回起こり得ているこの重い事実を、私たち塾を運営する者は真正面から受け止め、対策を講じなければなりません。
不祥事の芽が育ちやすい教室の、恐るべき共通点
なぜ、このような事態が起きてしまうのでしょうか。実は、不祥事が生まれやすい教室には、いくつかの共通点が見られます。
教室運営が「絶好調」であるという慢心
売上が安定し、生徒も定員いっぱいで活気がある。そんな時ほど、経営者としては「ひと安心」という気持ちが芽生えるものです。
しかし、ここにこそ「プライミング効果」という心理的な罠が潜んでいます。
プライミング効果とは、「直前に経験したことや抱いた感情が、その後の判断を無意識のうちに歪めてしまう現象」を指します。
成功体験という美酒に“酔う”と、私たちの脳は「自分は常に正しい判断をしている」と思い込み、無意識のうちに自らの行動を都合よく正当化しやすくなるのです。
これこそが、油断という名の落とし穴です。
上手くいっている時ほど、足元をすくわれないよう気を引き締める必要があります。
小規模教室ゆえの「ワンマン体制」という名の聖域
生徒数が50名前後の比較的小さな教室では、塾長がカリスマ的なリーダーシップを発揮しやすく、良くも悪くも権限が一点に集中しがちです。
監視の目が少なく、「自分の城」で「自分の好きにできる」という錯覚に陥りやすい環境は、悲しいことに倫理感覚を徐々に麻痺させてしまう危険性をはらんでいます。
小さな教室であればあるほど、意識的に外部の視点を取り入れたチェック体制を構築しなければ、内部からの自浄作用は期待できません。
人は“自分の城”で、驚くほど油断してしまう生き物です
学習塾業界は、夜型の勤務体系や長時間労働が常態化しやすい職場の一つです。
慢性的な疲労とストレスは、私たちの正常な判断力を確実に鈍らせていきます。
その結果、「これくらいなら大丈夫だろう」「少しだけなら問題ないはずだ」といった、ほんの僅かな一線越えが生まれてしまうのです。
恐ろしいのは、最初の小さな規範違反が誰にも指摘されず、見過ごされること。
それによって、「なんだ、大丈夫じゃないか」と徐々に倫理的なハードルが下がり、気づいた時には犯罪と呼ぶべきレベルまでエスカレートしてしまう──これが、不祥事が起こる典型的な、そして最も避けなければならないプロセスなのです。
今すぐ私たちの教室で取り組むべき“倫理の安全柵”5項目
では、具体的にどのような対策を講じればよいのでしょうか。すぐにでも取り組める「倫理の安全柵」を5つの項目にまとめました。
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権限を意図的に分散させるため、副教室長クラスに女性スタッフを配置する
もちろん、男女の比率バランスだけが万能な抑止力となるわけではありませんし、「女性がいれば絶対に大丈夫」などと断言できるものでもありません。
しかしながら、塾長と同等かそれに近い権限を持つ女性スタッフの存在は、意思決定プロセスにおける重要なチェック機能として働きやすくなることは事実です。
副次的な効果として、休暇のローテーションが組みやすくなり、結果的に過労による判断ミスのリスクを減らすことにも繋がります。
何もしないよりは遥かに建設的であり、組織風土を変革する大切な第一歩となり得るでしょう。 -
教室長の行動“記録”を可能な限り「見える化」する
- 出退勤の管理は、タイムカードやスマートフォンを利用した打刻システムを導入します。
- 長のスケジュールを従業員に公開(Googleカレンダーを利用)。
長の行動記録の透明化こそが、不祥事の大きな抑止力となります。
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コンプライアンス教育を“点”で終わらせず、“線”として継続的に行う
年に一度の研修だけでは、残念ながらその内容はすぐに忘れ去られてしまいます。
そうではなく、例えば週に一度、3分程度の短いマイクロeラーニング動画をスタッフ用のLINEグループなどに配信し、簡単なクイズで理解度を確認するといった方法がおすすめです。
これならば、費用負担はほとんどなく、そして何よりも継続することでスタッフの意識に深く浸透し、習慣化させることができます。
忙しい塾長やスタッフでも無理なく続けられる工夫こそが重要です。 -
外部相談窓口(有料ですが)を検討
「うちのような小さな塾では、外部の相談窓口なんて…」と思われるかもしれません。
しかし、個人塾であっても、NPO法人が運営する匿名ホットラインや、弁護士・社労士といった士業事務所との顧問契約(メール対応のみなど範囲を限定したもの)などを活用することが可能です。
相談先の電話番号やQRコードを印刷し、講師マニュアルに記載したり、休憩室に掲示したりして、「何か困ったことがあれば、一人で抱え込まずにここへ相談してください」と明確に示すことが大切です。
これは、スタッフを守るだけでなく、結果的に塾長自身を守ることにも繋がります。 -
“ちょっとした違和感”をスルーせず、共有できる文化を育てる
「あの先生、最近やたらと特定のアルバイト講師を飲みに誘っているな…」「夜遅くまで、特定の生徒と二人きりで面談していることが多い気がする…」「SNSで、業務連絡とは言えない私的なやり取りが増えているようだ…」。
こういった、ほんの些細な「違和感」や「兆候」を見過ごさない、見過ごさせない仕組みづくりが決定的に重要です。
例えば、Googleフォームなどを活用して匿名の報告箱を設置し、月に一度のミーティングで(個人が特定されないよう配慮しつつ)そうした声が上がっている事実を共有するだけでも、大きな牽制効果が期待できます。
小さな芽のうちに摘み取ること、それが最悪の事態を防ぐ唯一の道です。
まとめ──これは他人事ではない。今日から始める小さな点検が、未来を守ります
学習塾という場所は、子どもたち、そして若い学生アルバイト講師といった、いわば“未成熟なエネルギー”が交錯する、非常にデリケートな「るつぼ」のような空間です。だからこそ、私たちは社会のどの業種よりも高いレベルの倫理基準を自らに課し、それを遵守していかなければならないのです。
- 成功している時ほど、意識的にブレーキを踏む勇気を持つこと。
- 小規模な組織であればあるほど、権限と情報を意図的に分散させること。
この二本柱を軸として、自教室の「倫理の安全柵」を常に点検し、強化していくこと。それこそが、教室の信用を守り、子どもたちの輝かしい未来を守るための、最大かつ最優先のリスクマネジメントであると、私は強く信じています。
まずは、副教室長の権限設定の見直しと、行動記録を残すためのスケジュール公開設定など――できることからで構いません。この記事を読んだ今日、この瞬間から、ぜひ着手してみてください。その小さな一歩が、必ずやあなたの教室を、そしてあなた自身を守ることに繋がるはずです。
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