1. 目的を見失った「自塾模試」という名の雑務
塾を運営していると、「自前で模試を運営すべきではないか」という一種の強迫観念に駆られることがあります。しかし、一度立ち止まり、その本質を問うべきです。
結論を述べれば、中途半端な自塾模試の運営は、得るものがなく失うものばかりです。問題作成、印刷、会場設営、採点、データ処理。これらは膨大な時間と労力を教室から奪う「雑務」に他なりません。大手塾に所属していた頃、私はこの非効率性を客観的に見ていました。
小規模な母集団で算出された偏差値や合否判定に、どれほどの信頼性があるというのでしょうか。それは運営側の自己満足であり、生徒や保護者を欺く行為ですらあると私は考えます。
2. 生徒が本質的に必要としているもの
生徒や保護者が模試に求めるものはただ一つ。「信頼に足る、正確な合否判定」です。自身の現在地を正確に知ることで、初めて次の一手を具体的に講じることができます。
であるならば、我々がなすべきことは決まっています。地域や志望校に応じて、最も信頼性の高い大手予備校や専門機関の模試を生徒に案内し、受験させる。これが最も合理的であり、誠実な対応です。
塾が本来の業務である指導に集中でき、生徒は最も質の高い判定データを得られる。不要な業務を手放すことで、双方にとって最大の利益が生まれます。
3. 私が試験監督として提供していた本当の価値
では、塾は模試に対して無関与で良いのか。答えは否です。塾には、外部模試の会場では決して得られない、重要な付加価値を提供できる領域があります。
それは、専門家による「試験監督」です。
私は大手塾時代、試験監督を何百回と経験しました。私の役割は、時間を計時し、不正を監視するだけではありません。それは入試本番の模擬演習の場であり、生徒一人ひとりの「試験の受け方」を観察・分析する貴重な機会でした。
試験終了後のホームルームで、私は生徒たちに具体的なフィードバックを徹底して行いました。
- 時間配分への意識は適切か。
- 解けない問題に固執し、精神的に動揺していないか。
- 問題用紙の使い方は効率的か。
- 集中力が途切れる時間帯の姿勢はどうなっているか。
こうした精神的・物理的な姿勢を含めた助言こそ、塾が提供すべき本質的な指導です。私の試験監督ほど、入試本番に直結するフィードバックを得られる場は無かったと、今でも自負しています。
4. 結論:我々が集中すべき本質
体裁を整えるために、質の低い自塾模試を運営するのは即刻中止すべきです。それは教室運営を疲弊させるだけで、生徒の利益には少しも寄与しません。
模試は、最も信頼できる外部機関のものを活用する。そして我々は、そこで得られた客観的データと、専門家の視点から見た「試験の受け方」という観察結果を組み合わせ、生徒を合格へと導く指導に全リソースを集中させる。
これこそが、成果を出す塾が実践している、本質的な戦略です。
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